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カテゴリー「姫路モノレール」の5件の記事

2014年8月24日 (日)

姫モノ

かわいいお姫様かと思った?
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残念、姫路モノレールの廃線跡でした!撤去が進んでいるそうで…。
(2013.7.27 姫路モノレール)
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2014年8月13日 (水)

残暑見舞い申し上げます。 

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残暑見舞い申し上げます。
平素は拙ブログにお越し頂き、ありがとうございます。
最近は「鉄活」が出来ず、鮮度落ちばかりの写真で申し訳ありません。
お盆くらい真夏の陽射しにやられながら、汗をかきかき線路端を徘徊したいところですが…(^-^;
皆様が充実した夏をお過ごしされることを願います。
(2013.7.27 姫路モノレール)
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2013年8月13日 (火)

姫路モノレール、廃線跡巡り

姫路モノレールの車両を見学した後、姫路駅に向かってモノレールの廃線跡をたどってみます。まず、交流館、つまり旧手柄山駅全景です。

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現在は水族館やモノレール展示場の入口になっている、右の半楕円形のところからモノレールが出入りしていました。しばらく遺構はありませんが、駐車場を過ぎたあたりから…、
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おおー!残っているんです線路跡。ずいぶん華奢な印象です。鉄道らしくゆるーくS字を描いております。姫路駅までどれだけ残っているのかな?
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開業した1960年代はまだ高架線も少なく「まるで飛行機」という感想だったと交流館の資料の記載にありました。…にしても細いな〜。
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工場やら、駐車場やらをかすめて、一路姫路駅へ向かう橋桁。オブジェみたいな存在?
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山陽本線を越えて新幹線をくぐるあたりです。かろうじて藪に飲み込まれまいとしている感じ。
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新幹線くぐってから写真左側が姫路駅方面。蔦が絡まると古代水道橋遺跡並みのオーラを発します。でも地元の人は誰も見向きもしない。流行らなかった数十年前のモノレールの残骸だから…。
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姫路方面に視線を移します。道路上は桁が撤去されているところもあります。ココから緩やかに90°カーブします。桁の先にビルが見えますねぇ!
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カーブする桁とその先のビル!どうやら桁がビルを貫いていたようですね!
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そうなんです!このビルこそ3・4階に姫路モノレール唯一の中間駅「大将軍駅」を内蔵した集合住宅・高尾ビルです!当廃線跡の最大の遺構&見せ場です。住居部分は現役ですが、現行の耐震基準を満たしていないことから最近撤去が決まりました。
 道路部分の桁がカットされて分かりにくいですが。ビルの中央に桁がバッチリ残ります。
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姫路駅側。こちらはわずかだけ桁が伸び出てます。ココから飛び出してきたモノレール…。「未来は常に懐かしい」なんて言葉を思い出しました。ちなみに駅には入れません。
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写真右が高尾アパート側。再び桁が現れますが、写真左側、山陽電鉄を前にまた途切れます。
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山陽電鉄前で途切れる桁、逆サイドより。
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山陽電鉄を越えると桁は姿を消し、橋台が空しく空気を支えてます。煙突くらいにしか見えない。こうして橋台も潰え、当時のモノレール姫路駅の場所も特定できることなく廃線跡巡りを終えました。暑かった…。
(2013.7.27 姫路市内)

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2013年8月11日 (日)

姫路モノレール 201車内他編

昨日紹介した姫路モノレール、姫路側の201は車内に入れます。
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運転台。
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客室。横引きカーテンとふかふかなシートが高級感を高めています。運転席と客室との仕切りは簡単なものでオープンな印象。
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ファンデリア。古いを超えてむしろオシャレ。今時カフェあたりにありそうなデザイン!?
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車内から見ることの出来る広告。
再びホームへ。
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各種資料や機器も公開されています。保存車以外にもう2両在籍していたんですが、そちらのパーツ類です。
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写真では紹介しきれません。
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コレは来て良かった〜♪
(2013.7.7.27 姫路モノレール 旧手柄山駅)

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2013年8月10日 (土)

35年の眠りから覚めて (姫路モノレール・車体編)

姫路に行ってきました。姫路城には行ってません…。目的はコレです。

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「姫路市営モノレール」 1966年に開業したものの、営業不振でわずか8年で休止になってしまった悲運の路線。休止後、車両はずーっと終点の車庫に押し込まれ、駅もそのままでした。どちらも非公開でしたが、2011年「手柄山交流ステーション」として旧手柄山駅と車両が公開されるようになったんですヽ(´▽`)/ 1_8
ご覧のように手柄山駅のホームと201・202号が見学可能。駅名標や広告も休止になった当時のまま。ちなみに休止になったのはワタクシが生まれた1974年!タイムカプセルみたいな話です♫
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現役時代では不可能だったアングル。珍しい「ロッキード式」の特徴である鉄製のレール2本(中央と車両左下)がキラリと光ってます。2本あってもモノレールなのね…。ラウンドした大きな正面窓に細い貫通扉、ワタクシの大好きな京王5000に通じる顔なのが高ポイント。
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連接部。この車両、1966年川崎航空機岐阜製。岐阜ですよ!各務原のあそこですね。急に親近感が湧きます。
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さすが航空機メーカー製、アルミ合金を鋲で組み合わせるセミモノコックの流線型構造。航空機と同じ作り方らしい。写真だと分かりにくいですが沈頭鋲がうっすら見えます。
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車体の姫路市市票は今も変わってません。車窓に夢中になっている人形が当時の驚きと喜びを表していると思います。まだ高架路線は少ないどころか、蒸気が煙はいてた時代ですからねぇ。ワイドな一枚窓だって今でも十分斬新だし。
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35年の眠りから覚めるものの、既に切断されていた姫路までのレール…。どんな気持ちなんでしょうねぇ…。

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